排出のパワーには個人差がある
前のコラムでは体に溜まった重金属を調べる検査を紹介しました。
最後に紹介した「尿中重金属排泄試験」は、体内にどれほどの重金属が溜まっているかを知る目安になると同時に、キレート剤を飲んだ時にどれほどの重金属を排出できるのかを知ることができます。
キレート剤を飲んでたくさんの重金属が排出された人ほど、重金属が溜まっているとイメージされますが、実際はそうではありません。
同じだけの重金属が体内に溜まっていても、キレート剤を飲んで排出できる人と、排出できない人がいるということです。
毛髪ミネラル重金属検査でも、体に溜まっている重金属が毛髪中に排出できない人がいるということを書きましたが、同様のことがキレート剤を飲んだ場合にも起こります。
このような現象があるということに最初に気づいたのは、オリゴスキャンではかなりの重金属が溜まっているのにもかかわらず、尿中重金属排泄試験で重金属があまり排出されない患者さんが何人もいたからです。
そのような患者さんに体のバランスを整える治療を続けていると、だんだんと排出することができるようになってきます。
つまり、その人の「排出する力」は体の状態によって変わってくるということです。
抗炎症と解毒のカギは「グルタチオン」
スムーズに重金属を排出できるかどうかの「力」は、一般的には「デトックス力」ともいわれますが、体内に「炎症」が起きていればいるほど、デトックス力は弱まります。
では、どうして体内に炎症があると重金属が排出しにくくなるのでしょうか?
体に溜まった重金属が排出されるためには、このふたつの機能が並行して動かなくてはいけません。どちらかひとつだけでは十分ではありません。
デトックス力を高めるということと体の炎症はどういう関係があるのでしょうか?
「デトックス力」を高める上で鍵となるのは、グルタチオンという解毒酵素です。
グルタチオンは、身体の全細胞の中にあり、抗炎症・解毒の両方の作用を受け持つ酵素です。そして、体内の炎症を消し、重金属を解毒し、身体が病気にならないようににフル活動しています。
体内に炎症が起きると、グルタチオンは炎症を抑えるために消費されます。すると、解毒に回すことのできるグルタチオンの量が減るため、体全体の解毒作用が弱まるのです。これが、体の中に炎症が起こっていると解毒作用が低下する原因です。
逆にいうと、体内毒素を効率よく排出するためには、体内の炎症を抑え、解毒作用に回れるグルタチオンを増やさなければいけません。
当院では、重金属のキレーション治療の前に、腸内環境を整えたり、カンジダの除菌治療を行います。それは、体内の炎症をコントロールしないとキレーションの効果を上げることができないからです。
一方で、グルタチオンが生成される回路がきっちりと働き、体に必要なグルタチオンが十分に供給される必要もあります。いくら、体に炎症がない状態でもグルタチオンが生成される回路が回っていなければ、私たちの体は解毒をすることができません。
では、次にグルタチオンが生成される回路について見ていくことにしましょう。
グルタチオンが生まれる回路
グルタチオンについて、もう少し詳しく解説しましょう。
グルタチオンは、グルタミン酸、システイン、グリシンという3つのアミノ酸が繋がったペプチドです。グルタチオンが作られる流れを示した図を見てください。
ここに示した3つの歯車は「葉酸回路」「メチレーション回路」「デトックス回路(トランス・スルフレーション回路)」といわれる回路です。この3つの回路は、噛み合った歯車のように密接に連携しており、さまざまな生理活性物質を生み出ています。
まず、メチレーション回路からは「メチル基」(CH3-)が産生されます。メチル基は私たちの体内でさまざまな物質にくっつき、生理活性を調節します。
たとえば、メチル基は遺伝子を構成しているDNAにくっつくことで、遺伝情報のオンオフを司り、遺伝子の発現をコントロールします。
遺伝子情報の発現が、周りの環境によって左右されることを、「エピジェネティクス」といいます。これまでは、遺伝子情報は「最終決定者」であり、遺伝情報は変えられないとされてきました。しかし、環境要因である「メチル基」が、その遺伝子情報が読まれるかどうかを決めていると、分かってきたのです。
デトックス回路をうまく回すには
このメチレーション回路の下にある歯車が、「デトックス回路」です。この回路がうまく回ることで、私たちの体の中で一番強力なデトックス物質であるグルタチオンが産生されます。私たちが「デトックス力」を高めるためには、体の中にある有害物質をデトックスするに十分なグルタチオンを産生できることが重要です。
グルタチオンが体内できっちりと働くためには、この「デトックス回路」が正常に機能しなくてはいけません。そして「葉酸回路」「メチレーション回路」「デトックス回路」のうち、どれかが回らなくなると、グルタチオンはうまく作れなくなってしまいます。
たとえば、腸内環境が乱れてリーキーガット症候群が起こると、腸粘膜にできた隙間から体の中に重金属が流入し、これらの歯車の目詰まりの原因となります。
歯車がうまく回らなければ、グルタチオンが正常に産生されず、重金属を体外に排泄する「デトックス機能」が低下し、さらに体内に重金属が蓄積する…という、まさに悪循環が生まれてしまうのです。せっかく身体が持っている「抗炎症と解毒のプラスの回路」が、「重金属が溜まり、排出もできないマイナスの回路」に変わってしまえば、体の中に有害物質が蓄積し、健康な状態を維持するのが難しくなります。
原因不明の症状や慢性疾患がある場合、重金属の蓄積が原因の一つとして関連している可能性があります。
ここまで読んでくださった方は体の中の重金属を排除するためには、単にキレート剤を飲めばいい…というものではないことがわかっていただけたと思います。
まずは自身の「デトックス力」を高める。そのために、体内の炎症を抑え、グルタチオンが正常に作られる状態を目指す必要があります。
歯車が正常に回り出せば、慢性疾患はもちろん、小さな不調やメンタルバランスも改善する可能性があるでしょう。病気になりにくい体を作り、本当の意味で健康な状態を維持するためにも、ご自身の「抗炎症・解毒機能」について考えてみてはいかがでしょうか。
まとめ
重金属を排出するキレート剤を飲んでも、うまく出せる人と出せない人に分かれます。これはその人が持つ「解毒機能」に左右されます。さらに、体内に炎症が起きていると、その作用はますます低下します。
体内の炎症と解毒を司るのが、グルタチオンという酵素です。デトックス回路の目詰まりが起きるとグルタチオンが作れなくなり、悪循環が生まれ、重金属を排出できない身体になってしまうのです。慢性疾患の原因として重金属の蓄積を疑ったら、専門の検査を受けること、そして自身のデトックス力を高めるため、さまざまな角度から身体の炎症を抑えることをおすすめします。
執筆者プロフィール
医療法人全人会理事長、総合内科専門医、医学博士。京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院、京都大学附属病院消化器内科勤務を経て、2013年大阪市北区中津にて小西統合医療内科を開院。2018年9月より医療法人全人会を設立。