なぜ同じ環境で生活していても、ALSを発症する人としない人がいるのでしょうか?
「原因不明」とされてきたALS(筋萎縮性側索硬化症)。
進行性の神経変性疾患であるこの病気は、90%以上が「孤発性」、つまり遺伝的な要因だけでは説明がつかないケースです。
近年、世界中の研究者たちが注目しているのが「環境要因」、特に体内に蓄積した重金属との関連です。2025年から2026年にかけて発表された最新の研究では、これまで見過ごされてきた可能性が次々と明らかになってきています。
しかし、ここで大切なのは「重金属がすべての原因だ」と短絡的に考えないことです。
機能性医学の視点から、この複雑な問題を紐解いてみましょう。
最新研究が示す「ALS患者の体内に重金属が多い」という事実
2025年の注目すべき研究結果
2025年に韓国と日本から相次いで発表された研究では、興味深い事実が報告されています。
韓国の研究(Biomedicines誌 2025年6月)では、ALS患者66名の毛髪分析を実施したところ、健常者と比較して以下の重金属レベルが有意に高いことが判明しました:
- 水銀
- 鉛
- カドミウム
- アルミニウム
- ヒ素
- ウラン
特に注目すべきは、ALS患者の40%が基準上限値の50%を超える水銀レベルを示したのに対し、健常者ではわずか10%だったという点です。
また、**イタリアの研究(Biomedicines誌 2025年9月)**では、ALS患者14名の尿分析で、鉛濃度と銅濃度が健常者と比較して有意に高値であることが示されました。
これは何を意味するのか?
ただし、ここで冷静に考える必要があります。
「重金属が多い」という事実と、「重金属がALSの原因である」という因果関係は、まだ確立されていません。
卵が先か、鶏が先か——。
ALSという病気によって体の解毒機能が低下した結果、重金属が蓄積しやすくなっているのかもしれません。あるいは、長年の重金属曝露が神経細胞にダメージを与え、ALSの発症リスクを高めている可能性もあります。
現時点では「相関関係はある」と言えますが、「因果関係が証明された」とは言えないのです。
では、重金属はどこから体内に入ってくるのか?
日常生活の中で、私たちは知らず知らずのうちに重金属に曝露されています。
主な曝露源
- 水銀:大型魚(マグロ、カジキなど)、古い歯科用アマルガム
- 鉛:古い水道管、鉛入りペンキ、一部の化粧品
- カドミウム:タバコの煙、汚染された土壌で育った農作物
- アルミニウム:アルミ鍋、制汗剤、一部の加工食品
こうした曝露は、多くの人にとって避けられないものです。
それでも、なぜ一部の人だけが問題を抱えるのでしょうか?
「腸」が重金属の侵入口になっているという新事実
ここで注目すべきなのが、腸のバリア機能です。
リーキーガット(腸管透過性亢進)とALSの関係
2015年に発表された画期的な研究では、ALSマウスモデルにおいて、症状が現れる前の若いマウスの段階で、すでに以下の異常が確認されました:
- 腸のタイトジャンクション(密着結合)の破綻
- 腸管透過性が2倍に増加(いわゆる「リーキーガット」状態)
- 炎症性サイトカインIL-17の上昇
- 腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)
つまり、腸のバリア機能が低下すると、本来体内に入ってこないはずの重金属や毒素が血液中に侵入しやすくなるのです。
当院でも、原因不明の体調不良を訴える患者さんの多くが、検査を行うと腸のバリア機能が著しく低下していることがわかります。
「亜鉛」が不足すると、解毒が目詰まりする
もう一つ、見逃せないのが亜鉛の役割です。
亜鉛と重金属解毒のメカニズム
体内で重金属を解毒する際、私たちの体は「メタロチオネイン」という金属結合タンパク質を使います。このタンパク質を作るために不可欠なのが亜鉛です。
ところが、ALS患者さんの中には、検査で亜鉛が異常に低い方が少なくありません。
理論的には、こういう悪循環が起きている可能性があります:
- 重金属が体内に蓄積する
- 解毒のために亜鉛が大量に消費される
- 亜鉛が不足し、さらに解毒能力が低下する
- 重金属がさらに蓄積する…
しかし、これもまだ仮説の段階であり、「亜鉛欠乏が原因なのか、結果なのか」は明確ではありません。

キレーション治療は本当に有効なのか?
「重金属を除去する」キレーション治療に関心を持たれる方も多いでしょう。
鉄キレーション療法の可能性
実は、2018年に発表されたフランスの臨床試験では、保守的鉄キレーション療法(デフェリプロン)がALS患者23名に実施され、興味深い結果が報告されています:
- ALSFRS-Rスコア(運動機能評価)の低下が有意に抑制された
- 脳MRIで運動皮質・延髄・頸髄の鉄蓄積が減少
- 髄液中の酸化ストレスマーカーが低下
- 重篤な副作用(貧血など)は認められなかった
ただし、この試験には重要な限界があります:
- サンプル数が少ない(n=23)
- 対象は「鉄」であり、鉛・水銀などの重金属ではない
- 大規模な無作為化対照試験(RCT)がまだ実施されていない
一般的な重金属キレーション(EDTA等)について
残念ながら、鉛・水銀などに対する標準的なキレーション治療は、ALS治療としてのエビデンスがありません。
むしろ、不適切なキレーション治療は、必要なミネラル(亜鉛、銅など)まで排出してしまい、かえって体調を悪化させるリスクがあります。
機能性医学が提案する「土台を整える」アプローチ
では、私たちは何をすべきなのでしょうか?
1. まずは「腸のバリア機能」を修復する
重金属を「抜く」ことばかりに意識が向きがちですが、まず大切なのは侵入経路である腸を整えることです。
- リーキーガットの修復
- 腸内細菌叢のバランス改善
- 炎症を抑える栄養素の補給(ビタミンD、オメガ3など)
2. 亜鉛をはじめとするミネラルバランスを整える
検査で亜鉛欠乏が確認された場合、適切な補充を行います。
ただし、亜鉛の過剰摂取は銅欠乏を招くため、バランスが重要です。
3. 体の「排出能力」を高める
デトックス(解毒)は、単に「キレーション剤を使う」ことではありません。
- 肝臓の解毒酵素を活性化する栄養素(グルタチオン、αリポ酸など)
- 便通を整える(毒素の最大の排出経路は便です)
- 汗をかく習慣(サウナ、運動)
4. 環境からの曝露を減らす
- 大型魚の摂取を控えめにする
- 有機野菜を選ぶ(可能な範囲で)
- 水道水の浄水器を検討する
- 禁煙(本人だけでなく受動喫煙も)
大切なのは「バランス」と「現実的な期待値」
ALS と重金属の関係は、まだ研究途上の分野です。
「重金属を除去すればALSが治る」という単純な話ではありません。
しかし、環境要因が病気の発症や進行に影響を与えている可能性は、無視できないレベルまで科学的根拠が集まってきています。
当院では、このような最新の知見を踏まえつつ、患者さん一人ひとりの状態を丁寧に評価し、過度な期待や不安を煽ることなく、現実的なアプローチをご提案しています。
まとめ:エビデンスに基づいた冷静な判断を
現時点で言えること
✓ ALS患者の体内には、重金属レベルが高い傾向がある(相関関係)
✓ 腸のバリア機能低下が、重金属の侵入を促進している可能性がある
✓ 亜鉛など、解毒に必要なミネラルが不足している患者が多い
✓ 鉄キレーション療法は、初期試験で一定の効果が示唆されている
現時点で言えないこと
✗ 重金属がALSの直接的な「原因」であると断定はできない
✗ キレーション治療がALSの標準治療として確立されているわけではない
✗ 重金属を除去すれば必ずALSが改善するという保証はない
これからできること
私たちにできるのは、予防的な視点です。
- 腸内環境を整える
- バランスの取れた栄養摂取
- 不要な化学物質への曝露を減らす
- 定期的な検査で体の状態を把握する
「原因不明」と言われてきた病気に、少しずつ光が当たり始めています。
一人で悩まず、機能性医学の視点を持つ専門の医療機関に相談してみてください。一緒に、あなたの体の「土台」を見直していきましょう。
小西統合医療内科 院長 小西康弘
参考文献
- Biomedicines, 2025年6月・9月号(韓国・イタリア研究)
- PMC4819821: “Amyotrophic lateral sclerosis and environmental factors”
- PMC6067092: “Conservative Iron Chelation in ALS”
- PMC4425962: “Leaky intestine in ALS mouse model”
※本記事は最新の科学的知見に基づいていますが、医療行為を推奨・保証するものではありません。個別の症状については、必ず専門医にご相談ください。
執筆者プロフィール

医療法人全人会理事長、総合内科専門医、医学博士。京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院、京都大学附属病院消化器内科勤務を経て、2013年大阪市北区中津にて小西統合医療内科を開院。2018年9月より医療法人全人会を設立。


